Believe in the beauty of our dreams

随分と間が空いてしまった。

 

 

6月に卒業してからというものの就活、就活。

 

アメリカの仕事でオファーをくれていた先があったにはあったのだが思うところがあり就職を続け、予想通り落選苦戦。振られ続けても1人に振り向いてもらえれば良いのだから、と思いひたすらネットワーキングし続けたが幸いアメリカにはポストMBAを採用する会社数・募集職種共に裾野が非常に広く半年ほど続ける中で応募先に困ることはなかった。

 

MBA受験を決めたあたりから僕の人生スペランカー(高難易度で有名なゲーム、プレーしたことはない)状態で困難苦難の連続だがやっている方は慣れたのかもともと感覚が狂っているのかあまり苦労をしている実感はない。ただ無意識下でストレスは蓄積していたようで近くにいた人たちには迷惑をかけてしまったこともあった。

 

僕が昔好きだった村上龍は『すべての男は消耗品である』で“NBA選手は皆困難をくぐりぬけた修行僧のような顔をしている”と言っていたが確かに一流選手は顔も体も美しい。僕もいつかそんな風になれたら、というのは密かな目標の1つ。

 

男の顔は履歴書、つまり年を重ねてきた男の顔つきには生き方が現れる(きっと女性も同様だ)というのは好きな表現の1つだが今後共に学んだ同級生たちが今後どう活躍し、そして顔つきがどう変化していくのか。これからとても楽しみだ。

 

10年ほど前の話だがダイビングのライセンスを取りに親友と訪れた那覇国際通りのバーでひかるさんという女性と出会った。当時の彼女と別れようか悩んでいたことを相談した僕に頑張るよう背中を押してくれたひかるさんが“男は30から魅力が出てくる。あなたたちはまだまだこれからよ”と話してくれたのが心に残っている。

 

気付けば31、当時思い描いていたほどの成長も実績はまだ無いが想像もしていなかったような人たちに多く出会い、助けられることでひとまずここまでやってこられたことを嬉しく思う。特に両親と別れてしまった彼女たちには本当に頭が上がらない。ブログは引き続き気が向いたときに更新しようと思うのでたまーにチェックしてくれたら幸いです。

 

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EU統合への道

Social mobilityという概念がある。

正確には多義語なんだろうが今回は“地域間の移動”として捉えたい。

国内の、ある特定地域が奮わない際に比較的堅調な他地域へ移る。

すると職が多い地域に人は流入し産業はスムーズに成長、人が出て行ったところでも失業率低下することにより社会のバランサーとしての役割を果たしているらしい。

アメリカ、そしてカナダでは国内のSocial Mobilityが高く各州で働く人のうち2/3は他の州出身だとのこと。ニューヨークやシリコンバレーに限った話ではない。対してEUではEU圏内・さらに各国内で見ても比較的低いようでMacro-Economicsの授業で度々語られるEU圏統合において1つの障壁になっているらしい。

 

 

そらそうだ。

 

 

アメリカは元々移民の国、そして程度の差こそあれ各地域の文化はヨーロッパほど強くない。

 

一方で、語弊を恐れずに言えばヨーロッパの歴史は戦争の歴史だ。そして人々は、強くアイデンティティと国籍を結びつける。

だからこそスポーツが、サッカーが人々をあそこまで熱狂させるのだ。

(ヨーロッパ人はこちらでも盛んにチャンピオンズリーグを見ている。レアルは三連覇できるといいな)

マッチョとファミリーを尊ぶアメリカとは違い、スポーツがあそこまで盛り上がるコンテクストはそこにあるのだろうか。

 

 

翻って日本におけるSocial Mobilityはどうだろうか。少し前に話題になった地方出身者が東大に入ってショックを受けた話などを見ると僕にはまだまだ分からないようなメンタリティが地方にはあるのだろう。

実際塾にも通わずに現役で来ていた静岡の同級生を当時も深く尊敬していたのを覚えている。

 

また恐らく、在日外国人コミュニティはMobilityの高いグループなのだろう。だからこそ孫正義を始めとしたVitality旺盛な成功者が多く出てきた。

 

 

Social Mobility、定義を少し広げると転職市場の活性化や多様な働き方推進につながるのだろう。大分荒っぽい書き方になってしまったがいつか詳細に論じたい。

 

ちなみにEU統合においてカギとなるのはSocial Mobilityの他にFiscal Cross Insurance(大小有事の助け合い装置)とCross Subsidy(要はドイツらがギリシャを補助すること)だとのこと。

 

 

 

 最近ヘビーユーズしているSumiaoという学校近くの湖南料理(ほんとに関係ないがコナンの映画を激しく見たい・・・どうにかならないものだろうか)

 

 

Startup Nation

余暇のことばかり書いてきたが本来の目的はもちろん仕事、医療機器を開発するスタートアップでBusiness Developmentを手伝ってきた。

 

ご存知の方も多いだろうがイスラエルはStartupが非常に盛んになっており、軍/アカデミアのシーズから多くの事業が産まれている。最初は国策として設立されたVenture Capitalが多くあったようだが今は米系の名門ファンドも事務所を構えており、僕が働いた会社もそこに投資されている会社だった。

 

ビジネスを担当しているのがCEOのみだということもあり、CEO直下で働く中で色々と話を聞くことが出来た。そのうちの1つがカルチャーに関するものだ。イスラエルは非常にダイレクトなコミュニケーションをとることで知られている。国家を大家族と捉えていることが背景らしいが日本やアジア諸国とは真逆、アメリカを更に飛び越えた反対側の極致にあるようだ。またイスラエルは市場が小さいため海外企業との協業が欠かせないのだがそこでコミュニケーションの問題が起こるケースが多いようだ。

 

もう1つの文化的側面が行動的、リスクテーキングだということ。これもアジアとは真逆で強烈な”Can do mind”を持っているのだ。案の定リスク指向性やノウハウ蓄積の足りなさ(業界スタンダードへの理解の欠落など)から来る様々な問題があるもののバイタリティ豊かに次々と新しいことに挑戦する姿は魅力的だ。

 

さて僕らのチームはと言うと幸いにしてMBA生は僕だけで、常に冗談を飛ばしながらメリハリをつけて働く非常に心地良いチームメイト達に恵まれることが出来た。(周りの同級生からもyour team is coolと言われ鼻が高い)

 

プロジェクトの中間のフィードバックで指摘された改善点は案の定トピックによるモチベーションの落差。うーん皆よく見ている。もうこれを書いている時点では現地でのプロジェクトは終了しているので寂しい限りだが最後の発表まで明るく楽しくやりきろう。

 

 

Natures

文化・宗教に加えて自然の豊かさもIsrael labのハイライトだ。2万平方キロと日本の20分の1程度の国土によくもまあここまで色々見どころがあるのものだと感心せざるを得ない。

 

なんと言っても一番美しかったのはMasada周辺のエリアだ。死海を一望できる高台に建てられた古代都市はローマ帝国から逃げ延びたユダヤ人達が建てたもので、周囲にはローマ軍の陣営や兵器後、また当時の生活を垣間見れる美しい遺跡が保存されている。死海だけでなく周辺の砂漠地帯、そしてWestbank周辺の山々まで一望できる景色は見事の一言だ。

 

美麗の都市Masadaは悲劇的なストーリーで知られている。ローマ帝国に追い詰められ、ついに陥落を覚悟した住人たちは奴隷となるより誇り高き死を選び集団自殺したらしい。そのやり方も壮絶で1人1人に番号を振り、順番にお互いを殺し合い残った1人は自殺するというものであったとのこと。天気が良かったこともありMasadaはPetraに匹敵する感動を覚えた。

 

次に死海だ。生き物が住めないほどに濃厚なミネラル分が蓄積した、人が浮くことで有名な湖だ。比重は1.25g/ml、泳いでみると実際見事に浮くではないか!1月の海水浴はさすがに寒かったが・・・死海のミネラルは化粧品に利用されていることで知られている、いわゆる泥パックと同じ発想だ。周辺に製品が売っているだけでなく泥を体中に塗ることで全身スベスベ。先日15歳に見えるとバーのウェイトレスに真顔で言われた僕は14歳になったなといじられた。(苦笑、年々白髪も増えてきているというのに)

 

ガイドによると世界最低地(標高マイナス300m以下)に位置するというこの死海、毎年1.5mずつほど水位が下がっているとのこと。周囲の灌漑用水利用が増えた結果流入量が減ったためだと言うが、実際数十年前の水位を記録する腺からは大分離れている。また近くにはSink Holeと言って突然の地盤沈下から崩壊した地面が蟻地獄のような形になる現象が起こっており、危なくて近寄れない場所が多いそうだ。

 

そしてなんと驚くことに、水面低下を食い止めようと死海と紅海をつなぐプロジェクトが進行中とのこと。その運河がまた新たな問題を引き起こしその対処に奔走するのか、美しい自然を巡る光と闇を垣間見れたのは率直に言って興味深いものだった。

 

 

 

 

Holocaust Museum

人類史上最大の過ちとされる出来事がナチスによるユダヤ人大量虐殺、ホロコーストではないだろうか。世界中に点在するホロコーストミュージアムの中でも、僕らが訪れたエルサレムにあるものは特に有名らしい。同級生らとともに2時間ツアー。悲劇の詳細をありありと伝える資料の数々もさることながら、同行したガイドの休むことのない熱情的な語り口には忘れられることのない彼らの強い想いが表れていた。

 

ミュージアムに同行した前後にチームメイトと話した会話で忘れられないものが2つある。1つはプロジェクトを開始した週、ドイツ人のルーカスが『僕がドイツ人と知ってもイスラエルの人々はとてもやさしく接してくれて嬉しい』と言っていたことだ。あまりにもナイーブで恥ずかしいのだがその際には何で彼がバックグラウンドに負い目を感じているのか気付けなかった。ツアー途中ではっとなって後は彼の様子を伺わずにいられなかったがIt was very touching、と言っていた彼の胸中には特別なものがあったのかもしれない。

 

因みにドイツとイスラエルはその以前は友好的関係にあったらしく、僕らが滞在した海辺の経済都市Tel Avivの一部にはドイツ風建築が立ち並び、また多くのレストランではドイツ料理のシュニッツェルが定番だ。

 

2つ目は中国人のボーエン(漢字では博文だ)と交わした歴史教育に関する話だ。南京大虐殺について一通り話したあと『日本の教科書には違うことが書いてあるんでしょ?』との質問に僕は『そんなことないよ、今話した内容が正しく書かれている。そこはフェアーなはずだ』と答えた。当時の胸中ではグローバル化が進む中で隣国同士をいがみ合わせるプロパガンダに辟易としていたのだが、ホロコーストミュージアムに触れることで考えを大きく改めざるを得なくなった。

 

つまるところ、被害者側の感情はどうしようもなく根強く残ってしまうのだ。従軍慰安婦も教科書問題も確かに敵国設定からの国威発揚、政治的プロパガンダに過ぎない側面があるのだろう。しかし被害者、被害民族側には確かに感情的しこりが残るのだ。それはホロコーストミュージアムのガイドの語り口からも明らかだ。明らかにユダヤ人が迫害され始めた1930年代、ドイツの各国大使館はみな”Business as usual”、誰も動こうとしなかったことを彼らは慰安でも忘れない。そんな当たり前のことにようやく気付いた経験となった。

 

日中、もしくは日韓関係において政治的に譲歩し続けるべきだというべきではない。しかし1人の日本人として先祖の行いは認識しておく必要があると、強く感じる。近い将来、機会を見つけて各国の博物館に足を踏み入れてみたい。

 

ちなみに3週間一緒に住んで同じチームで働いたチームメイトとは本当に多くを話した。中国には前から強い関心を持っていたので特にボーエンとは政治、歴史、経済に関してかなり幅広く話すことが出来た。同時進行でやっていたHealthcare labでも2人のチームメイトは中国人だ。彼らとの話したこと、このつながりは本当に大きな財産だ。僕らが築き上げるアジア関係、というと大仰だが政府のエリートたちも集う現在の環境を活かしてこれからも色々と深く感じていけたら嬉しいな。

 

 

 

Gender and basic human rights

本題のHackathonだが、僕らはWoman Empowermentに関するビジネスアイデアを通じ両者の親交を図ろうというテーマでプレゼンした。正直深入りすることを避けてきたテーマだったが作業しているうちにのめり込んでいったのを受けて自分で考えていた以上にジェンダー問題に関心を持っていたことが分かった。

 

全くの素人だが、ジェンダー問題について友人たちの話を聞いたり日頃SNSで語られている内容を見てい限りでは日本企業が欧米対比改善点のある分野だという印象だ。しかし女性を取りまく文化慣習や宗教事情が独特な中東地域はより複雑な実情を抱えている。

 

先述のユダヤ教の聖地West Wallも男女で使用できる範囲が違ったり(女性の方が小さい)、イスラム地域では女性が家にいるべきだという意識が強い。また家庭内での女性は男性が祈りを捧げることに注力できるようあらゆる家事子育てを引き受けるのが当然だという風潮も一部にはあるようだ。(是非断っておきたいが私が見聞きしたごく限られた範囲内での情報だ)

 

宗教事情が絡むとさぞ改革は難しいだろうと思い、たまたまJudgeの1人であった日本の某巨大通信企業アメリカ人幹部の奥様で色々と話してみたのだが少しずつ改善はしているようだ。

 

イスラエルにいる間によく感じたが、小学校で学んだ基本的人権が当たり前に備わっていることのなんと有難いことか。投資銀行という人の入れ替わりの多い業種に身を置いていたせいか普段意識するのは“職業選択の自由”くらいのものだが。

 

職業選択の自由だが、四谷大塚の先生の次に教えてくれたのは就職活動中に出会った先輩だった。受諾した内定を断る可能性があることを相談した際、『職業選択の自由は憲法で保障されてるから全く心配することない』と言われとても心強かったことを覚えている。

情報量の差から中々労働者側、特に若手は不利な思いをしてしまうことがあるが、同業他社のしがらみもあるだろうに私と内定先との知識差を少し埋めてくれた先輩には今でも感謝している。

 

ただここで違和感を持ってしまうのが同じく憲法で設定されている“勤労の義務”の存在だ。選択するのは自由だが、例え経済的余裕があっても何かしら労働活動に従事しなさいということか。(社会主義みたいだ)働くのは義務だったのか、じゃあアーリーリタイアは?未だに学生をしている僕は憲法違反なのだろうか??幸いにも罰則規定はない。

 

Wikipediaによると元々は政府案と社会党案の折衷で義務という文言が入ったらしい。(なんのこっちゃ)国を発展させるために皆が負うべき精神的努力義務、むしろ国が職業を提供する義務、など解釈は種々あるらしい。

 

『人が定めたルールなんかつまんない、神の定めた科学こそ面白い。』

医学部生時代、法医学は最も嫌いな科目の1つだった。実際社会に出てみると公私でなんだかんだ力になるのが法律の知識ではないか。因みにMBA最終学期となる来期にはTaxes and Business Strategiesという授業をとっている。人文系の学問の随分勉強してきたし今度は毛嫌いせず 精進してみよう。

 

 

 

Center of Religions

“I’m handing you a piece of white paper. Write what you need, not what you want.”

Israel labも中盤に差し掛かった週末、3日間のエルサレム旅行での出来事。幸いにいもトランプ発言後の緊張感がやや落ち着き、大学から禁止されていたOld cityへと立ち入ることが許された。

 

Old cityはエルサレムの中心部、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集まる場所でやれ聖母マリアの生誕地だマグダラのマリア聖堂だと神話、いや聖書の世界が凝縮されたような土地だ。(本当に来れてよかった)

 

冒頭のWhite paper、白い紙だがユダヤ教の聖地West wallに祈りを捧げる際に悲願を書くことが許されている物でどういうご縁か近接するVIP roomに通してもらった僕たちも経験してきた。改めて欲しいものではなく本当に必要なもの、と言われると簡単には出てこない自分の浅はかさを恥じるばかりだがなんとかひねり出して書いてきた。

 

West wallに限った話ではなくあらゆる宗教における最上級の聖地が集うエルサレムは訪れる人の表情もまた特別だった。一生の念願叶い訪れた人たちもきっと大勢いたんだろう。中高で習った世界史を思い返してみると(成績が振るわなかったくせにという突込みは禁止)神に種々の想いを託し祈りを捧げた人々が、そしてその想いに忠実に戦いに命を捧げていった何億人という人々がいた。

 

そんなことを感じながらキリストの墓で祈りを捧げることが出来た際には宗教には全く縁がない僕も言葉で言い表した瞬間に陳腐になりそうな、とても厳かな気持ちになることが出来た。(ちなみにOld cityを回っている間中なぜか僕の頭の中ではFinal Fantasy Xの唄がひっきりなしに流れていたのは内緒)

 

人々の強い想い、感情に触れる瞬間に僕は強く惹かれる。共感するというのではなく、おそらく重要な瞬間に立ち会えたありがたみ、そしてその人の人となりに触れられた嬉しさからだろう。だから結婚式に行った際にはいつも新婦が手紙を読む際の新婦の父の感極まっている顔を見ることができるのがいつもとても好きなのだ。なんだか斜めから見ているようで嫌らしいだろうか。喜怒哀楽、種類は関係ない。

 

ただやはりエルサレムは、Old Cityはこれまで僕が見てきたちっぽけな世界のどの場面と比べても別格だったのだ。子供が、家族が出来たら一緒に来れたら良いな。

 

ところでトランプがエルサレム首都容認発言をしたことの何が問題なのか、皆はご存じだろうか。(もちろん僕は知らなかった。)それは次回に少し書いていきたい。