In Data We Trust

最近Data Analysisにはまっている。

 

きっかけの1つは前学期に取ったMarketing Analysisという授業。

StanfordでData Scienceを学びFacebookでキャリアを積んだ後Academiaに来た教授が担当している。

これが非常にマニアックで理数の大して強くないMBA生に対し博士のComputer Scienceかと思わせるほどの容赦ない理詰め、統計学専門用語の嵐にDropする者続出・・・

 

『R?勘弁してくれよ・・・』

 

 10万円以上かけた渋谷の某教室で挫折して以来プログラミング言語というものからは距離を取っていた。(いつか詳しく話したいが世のOnline講座、特に英語ソースのものは非常に充実しているので同じ轍は踏まないで頂きたい)

インターン獲得後のダレも相まって修了後の評点も燦燦たる結末。

 

 

 

しかし印象に残っていたのが先生のなんとも言えないオタクさ。世の中を変えるCrazyな人たちってのはこんな感じなんだろうな。

 

もう1つがTableauというData解析用Software。『たぶりゅうって虎舞竜みたいだ。え、たぶろー?』なんて思いながらぼーっとスクリーンを眺めていたのだがみるみる美しいグラフが描かれていく・・・操作も簡単そうだ。data入力はExcelで良いらしい。

 

その後たまたま縁があって働いたRetail向けProjectでPOS(Point of Sales、主に小売業で保管されている個々の販売データだ)データの分析を任されることになり、これはと思いTableau`を使ってみたところ驚異的なパフォーマンスを発揮。

 

何がすごいって数十万行のCSV(純粋なテキストに近いExcelファイル)がメモリ4GB、CPUもCORE i5くらいのPCでほぼマウスだけでサクサク分析できるのだ。

 

 

『これはちょっと楽しいぞ・・・』

 

 

お陰でクライアント企業の担当者からもうまく興味をひくことができた。現場のプロと話し合いを連日重ねた結果(テクノロジーがどんなに進歩してもこここは根幹、データ分析はあくまで補完要素だ)、マーケティング戦略からオペレーション改善まであらゆる分野に役立ったのでした。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

ここまでTimelyなこともなかなかないかもしれないが授業で学んだことをすぐに使う機会を得られるのがMBAの良さだろう。やはり授業を聞いただけ、本を読んだだけではあやふやな理解で終わってしまう。宿題を解きテスト勉強をして、実際に企業に使ってみて漸く使える知識になっていく。

 

因みに学習効果の向上、という意味で高かったのはFeyenman Techniqueだ。(天才物理学者Feyenmanさんが名付け親らしい)

学んだことを出来るだけ平易な言葉で人に教えることで理解が深まる。僕も大学受験の頃、歯学部に行った憧れのあの子にどや顔で語れることを妄想して理解を深めたっけ。。。

 

閑話休題、Machine learningは何が得意で、実は応用可能性が低いFunctionはどこなのか。それを理解することで初めて革新的な技術を使いこなせることが出来るのだろうし、次の世界も少しは見えてくる。よく『AIによってなくなる仕事は!?』という種の議論がされるが良いアルゴリズムを構築するために現場の理解は必要不可欠だし産業/職種をまたぎ全般的にマンパワーが大幅に必要無くなると同時に新たな種の職業が産まれるんだろう、と現時点で思っている。

 

 

 

今学期に入ってからもData Analysis熱は冷めやらず、今日もMITの象徴であるDomeの真下にある図書館で天才たちに交じりながら自習に精を出すのであった。

Eat good feel good

フードファイター小林尊をご存知だろうか。

 

173cm 58kgと痩せていながら8個のギネス記録を持ちフードファイトをスポーツに高めた立役者として世界的に有名な日本人の1人だ。

 

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僕自身もこちらに来るまで知らなかったのだが、アメリカ人はもちろんドイツ人/ニュージーランド人から成る僕のスタディグループも、ついでに指導教官のイスラエル人も含めKobayashiは全員知っていた。

 

ルームメイトも僕が自炊したキムチ鍋をそのまま鍋から貪り食べる姿を見て『やっぱり日本人はよく食べるなあ』って、なんだか違和感だらけのStereotypeを強めてしまったり。(因みに僕は前職で1人暮らししていた頃から鍋しか作らない。)

 

こちらに来て改めて思い知ったのだが僕はアメリカ人基準からしても”かなり”大食いな方なのだ。少なく見積もっても煩悩の50%は食欲で占められている。

 

 

You are what you eat.

 

 

前職で尊敬していたEconomistの先輩に言われたひとことだが、30になってサッカーばかりの日々を送る中重要性を痛感。食事に気を付けないと疲れが抜けない、体が重い。

 

専属シェフを連れてミラノで闘う長友の食トレ、ってのは完全に言いすぎだがyoutubeで栄養関連のコンテンツを見ながら猛勉強中。

 

”脂肪分はオリーブオイルなどに含まれるシス型の不飽和脂肪酸が望ましくトランスや飽和脂肪酸はとらないように”

”極度の疲労時には消化に労力をかけず効率良くエネルギー補給できるフルーツを中心に”

 

フルーツ摂取の習慣が自然と根付いているからか、日本の販売価格が高すぎるのか、こちらの人は果物をほんとによく食べる。(皆さんも欧米人がリンゴを丸かじりしているイメージはないだろうか)

 

僕もそれを真似つつ、持ち前の貧乏学生根性で安く買う方法を探し回ってみたところHay Marketを発見。190年程続く早朝卸売市場(日本で言う築地みたいな、魚だが)の売れ残り在庫一掃セールが、ボストン市内で毎週末開かれているのだ。

 

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売っているのは野菜果物が中心。これがちょっと信じられない値段で下記写真(トマト20個、ズッキーニ3個、リンゴ5個、キャベツ1玉など)合計たったの10ドル、更に土曜夜の閉店間際では1かご詰め合わせ1ドルのことも。講義室では味わえないビジネスの一端を垣間見ることが出来る。

 

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またお隣New Hampshirを名産地とするロブスター、でかいのが丸々1尾で10ドル程度。ルームメイトが買ってくれた専用鍋を使ってボイル、今夏で30匹は食べただろうか。両親がボストンに来た時も自宅で皆で食べたのだが、彼らが大量に食べる姿を見て『ああ、おれはこの人たちの息子なんだな』と自分のルーツに妙に納得。ちなみに行きつけのStar MarketのSeafood担当の人によると中国からの需要が強く値段が上がっているのだとか。そう言えば春のJALの空港ツアーではボストン- 東京の空輸物はロブスターが多いと教わったっけ。

 

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とまあ、アメリカでも食の楽しみようは大いにある。それでもやはり美しい和食が恋しくなるたびに自分のDNAに刻まれたアイデンティティには抗えないのだなあと痛感するのだ。(皆さんいらっしゃる際はサバ缶をお土産にください)

 

1%のクリエイティブと99%の非クリエイティブ?

『日本とイタリアは似ていると思うんだ。』

 

3人いるイタリア人クラスメイトの1人、Jordiからの一言に僕は驚いた。

多くの著名な芸術を生み出し、現在の建築、美術、食と幅広い分野において世界で確固たる地位を築いている両国はその他の部分でも共通点が多いのではないかとのこと。

 

日本では自己をクリエイティブだと見なす人が圧倒的に少ない。下図は各国のZ世代(12-18歳のことらしい。ドラゴンボール??)を対象にしたアンケート。自分を創造的だと思う生徒が欧米比遥かに少ないのがわかる。

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均質性、横並びを尊び、幼稚園から新入社員まで型にはめ続ける教育。同じ服装、靴、髪形で揃えた人たちの入社式の写真が話題になったのは記憶に新しい。組織ファーストな全体主義的なカルチャーからナカマを尊ぶ傾向が生まれてきたと言っても文化ってものはなかなか変わらない。高齢化が進めば猶更だろう。

 

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それを創造性の敵と見なす風潮に何の違和感もなかったが確かに日本は芸術、そしてエンターテインメントの分野において非常にクリエイティブなのは確かだ。ポケモンはもちろん、南米の男友達はみなドラゴンボールZの主題歌を歌えるし、女性のセーラームーン人気には驚いた。

 

1%のクリエイティブと99%の非クリエイティブによって日本人は構成されているのでは?非創造的な文化とクリエイティブにおける強烈な実績を折衝する仮説だが皆さんの感覚はどうだろうか。

 

今後国内エンタメ市場がますます細ってしまうとクリエイティブを支えることも難しくなるかもしれない。下図は1例として週刊少年ジャンプの発行部数だ。現在はさらに落ちて200万部を切っているとのこと。こちらでも毎週かかさず少年ジャンプとヤングジャンプをチェックしているほどのマンガファンとしてはとても気がかりだ。

 

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僕たちの教科書を作っているのは文科省じゃなくて集英社と講談社と小学館だ。努力の尊さもリーダーシップも女性との接し方だって、みんな漫画が教えてくれた。だからノイジーマイノリティのの意見で味気ない物になっちゃったら嫌だ。漫画の話は本当に尽きない・・・

 

 

少年ジャンプ展行きたかったなー!

 

 

 

クリエイティブな人たちの部屋は散らかっているらしい。だから僕も・・・しょうがないんだろうきっと;;

 

The joy of dressing

大分前の話になるがファッション関連の仕事をすることがあった。

 

『なんで僕がわざわざ・・・』

 

かつてはそれなりに気を使っていたものの社会人になってからというもの支出の大半は旅行と交際費(要は飲み代だ)。オフィスではビジネスカジュアルのギリギリを攻めてフォーマル推進派のセールスの大先輩方から睨まれていた僕にとり、ファッションは控えめに言っても無縁の分野だった。

 

 

しかし元々綺麗なものが好きな僕は、始めた直後から面白いようにのめり込んで行き会社の人たちともすぐに打ち解けられたのを憶えている。

 

美容・ファッションが面白く感じる理由はもう1つある。

 

中学時代、両親との喧嘩、そしてサッカー部を辞めるきっかけにさえなった茶髪に飽き足らず最初に手を出したファッション誌はFINEBOYSだった。髪を染めピアスを空けお洒落とされている服に身を包み、当時の自分の感覚では最も"イケてる町"渋谷で何の目的もなく友人たちとたまっているのが好きだった。

 

 

 

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上図はNANAで有名な矢沢愛大先生のパラダイスキスより。”美しい装いで魔法がかかった”なんてのは可愛いもので、TiffanyやHERMESの様なブランド物を身に着けるだけで良くも悪くも自分の格が上がったような気さえしていたのを憶えている。

 

 

“We must never confuse elegance with snobbery.” — Yves Saint Laurent

 

 

良くも悪くも、と書いたのは何を根拠にするにせよ自信により踏み出せる一歩が、そこから広がる世界があると信じるからだ。当然ながら思春期の僕にそこまで考えが及んでいたかは定かではない。

 

何はともあれ今でも新しい髪形が決まった日は気分が明るくなる。スーツをパリッと着れた日の面接には一段と気が引き締まる。男の僕ですらそうなのだ。ファッションの力は侮りがたく、だからこそ関わるうちに魅了された。

 

 

多くの日本人がどう感じるかは分からないがこの国の人たちは本当に美しい、と帰るたびに想う。アメリカの、それもMITというファッションから程遠い場所に日頃身を置いている僕にはなおさらそう感じられる。

 

 

それはファッションへの支出額からも明らかで、下図は年間アパレル支出額の国ごと比較、Apparel spendingをGDPで除したものだ。(WWDという非常に適当なソースになのでより良いデータがある人は是非教えて欲しい)

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蛇足だが世の中の特に男性には一定数ファッションを全く楽しめない人もいる。そういった方々のためにROIの最も高い(要は最も手軽に"効果"の見込める)ファッション関連の記事をお気に入りのブログから2つ張り付けたい。

ファッションはロジックだ!MB著「最速でおしゃれに見せる方法」がすごい。 - 俺の遺言を聴いてほしい

18年間恋人がいなかった東大生が秒速で彼女を作る条件 - 俺の遺言を聴いてほしい

 

 

 

She's always a woman to me

Bostonの夏は音楽が盛んだ。

 

Emmy賞をもたらしたSeiji Ozawaにより世界的地位にまで上り詰めたBoston Symphony Orchestraから素人に毛が生えたレベルの野外コンサートまで、様々な音楽イベントがマサチューセッツ州中いたるところで催される。

 

残念ながら僕はクラシックには何の素養もない。そのため特に最初は聞いていても正直あまり頭に入って来ず、ほとんどの時間は考え事をして過ごしていた気がする。知らないアーティストのコンサートに行く、それかカフェでなんとなくbossa novaを聞いているような状況だ。

 


クラシックの聞き方をピアニストの友人に聞いてみたところ①少しずつ変化しながら繰り返される主旋律を楽しむ②素晴らしいピアニストは音の粒の差に出るのだとのこと。

カラッとした夏の夕暮れに芝生に横になるのが気持ちよくて足しげく通ううちに少しだけ、クラシックが分かるようになった気がする。

 


、、、とまあかっこつけてはみたが、実際に親しみがわくのはちょっと騒がしいスタンディングバーで流れている音楽とか、家のカラオケで聞く友人たちの下手くそな歌だ。

 

家のカラオケ、と言ってもWiiをネットに繋いだだけ。1日300円で歌い放題、専用マイクも$10程度。さすが世界のNINTENDO。面白いことに夜中に大音量でカラオケをしていても苦情が来ることは全くない。意外と音は漏れていないし日常的にHome Partyで騒がしくしているのでそんなものだろうか。

 

当然非日本人と遊ぶのだから英語の歌でなければ盛り上がらないということで70-80年代の曲、日本で言えば老若男女誰でも知ってるサザンやミスチルのようなジャンルを中心に色々漁って仕事中に聞いている。そんな中、Billy JoelのShe's always a woman to meという歌に強く魅かれた。

 

www.youtube.com

 

一見ひどい女の話。

She can kill with a smile. She can wound wth her eyes. She can ruin your faith with a casual lie.... (kill with a smileってすごいな)

 

決してワガママな女性が好きなわけではない。「僕はワガママな女性を見ると可愛く思えるんだよね」、なんてのは無責任で下心丸出しのオヤジの常套手段だ。


でも現実を知りつつ夢?と呼ぶにはファンシーすぎるような欲求にストレートに向き合える力強さは魅力的だと、彼女と出会って知った。


自分の想いに忠実で自由奔放。それでも気まぐれに愛しそして一途に支えてくれた君が好きだった。彼女はいつでも僕のただ1人の女性。


ありがとう。

 

 

 

 

 

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カラオケ。ピンボケして動きのある写真になっているが実際に飛び跳ねている

 

 

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Tanglewood(Boston Symphony Orchestraのコンサート会場)の生中継

 

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インターン先の同僚を見に行ったMITのコンサートホール

 

 

 

 

Globalization

日本の国際化は確実に進んでいる。前職の後輩には僕と同じタイプの進路を進みながらバイリンガルの後輩がたくさんいた。高校の後輩は大学からどんどん海外へ出て行っている。12年前、そんなこと考えもせずに慶應に入って心から浮かれていた僕は和民に入り浸っていた。

 

だが今はどうだ。これなら10年後には日本人が英語で笑われることもなくなっているかもしれない。

 

でもあえて言いたい。老人の支配するこの国と一緒に沈みたくなければ、国が沈んでも変わらず活躍できる人間にならないと。

 

大学時代からうっすらと考えていたことだし、留学の動機の1つだ。

 

何度でも言うが僕は日本が好きだ。だから沈んで欲しいとは思っていないし出来ることはなんでもしたい。きっと国家財政はなんとか持ちこたえる。

 

でも人口構成、イノベーションの欠如、沈んだメンタリティ、どれをとってもちょっと厳しいと言わざるを得ない。みんな現実を見ているんだろうか。今生きていけるからこれからも大丈夫?なんとかなる?誰かが何とかしてくれる?

 

反感を買うかもしれないがちょっと危機感が足りないと思うことがあるのであえて言いたい。中国の偽物を、アメリカ人の大ざっぱさを、そしてインド人のアクセントを笑っても、もう日本への注目度は悲しいほど小さい。日本は皆が大好きな寿司とアニメの国。それだけだ。政治/経済的なプレゼンスは中国とは比べ物にならない。繰り返すが日本人が思うほど、もう世界は日本を見ていない。絶望的なくらい。

 

僕は国を捨てるつもりでもアメリカ人になりたいと思っているわけでもない。

 

そうではないからこそ言う。認識のずれが大きい、それは周りにリアルな外人が足りないからなのではないか。話が矮小になるが過剰なレディファースト信仰もそうだ。僕のクラスメイトの女性はみなしなやかに力強い。重い物もしっかりと手に持つし男女関係なく譲り合う。真実と島国の常識は別物。歪んだジェンダー論の副産物か。男女問題は正直あまり触れたくない分野だが世の女性たちには大いに活躍して欲しいし僕に出来ることはなんだってしたい。

 

日本の風変わりな企業文化。恐ろしいことに5年もいれば違和感も消え自分も馴染む。だからそれでも思い立ったら、どんどん外に出て欲しい。志のある人に。上でも触れたが特に女性こそどんどん外に出て行くことを進めたい。人によっては婚期が遅れるけどね。

 

ところで逆説的だが国が沈んても、もう少し限定して言うと経済が破綻してもそれはそれで良いと思う。皆辛い想いをするし、苦労もするかもしれない。でも人々がいなくなるわけではない。

 

“日本人は徐々に訪れる危機には疎いが熱い物に触った後の反応の鋭さには秀でた民族だ”小さい頃塾の先生が言っていた言葉だがきっとその通り。戦後・震災後の見事な復興は僕らの誇りだ。

 

繰り返すが僕は日本が好きだ。そこだけは誤解されたくない。でも1ドル500円になったらまたそこから出直せばいい。そっから国と共に這い上がる、心が震える話ではないか。

 

今の日々が、そんな時に大いに活躍する礎になれば幸せだと心から思う。

 

 

見捨てないでいてくれた君たちへ

漸くボストンでのインターンが終わり次学期が始まるまでの束の間、日本に帰る機内でCatch me if you canを見た。

パイロット、医者、弁護士になりすました上に大金のpay checkを切り、FBIに逮捕された際には19歳、まるで少年マンガのような人生を生きたFrank Abagnaleの実話に基づい作品。高校時代、女子校の綺麗なあの子と見た映画だ。

 

これがなぜか昔から好きだ好きだと言っていたのはかの天才詐欺師への憧れか、自分を投影していたから、もしくは結局無類のイケメンである親友と付き合ったあの子への哀愁か。

 

今回見たのは消去法でなんとなく。Checkを印刷する輪転機に佇む主人公、逮捕される直前のシーンで理由に気付いた。終わりかと思っていたこの時点で110分程度、本作は140分でまだ30分ほど残りが。自分の記憶では派手に逮捕されてお終いの映画、しかし逮捕された19歳の後のFrankの更生と活躍、そしてCarlとの絆についても触れられていたのだ。

 

人の記憶のなんとあやふやなことだろう。

 

なんてことはない、思春期に全てが馬鹿らしくなり中学で学校を辞めてしまおうと思っていた自分を救って高校へと導いてくれた恩師やサッカー部のチームメイト、そしてその他多くの友達と自分の姿を重ねていただけ。

 

普及の名作は読むたびに発見がある。世の中という大海の中、小さな小さな水たまりの様な自分の知識を少しでも拡げなければと行き急ぎ新しい物にばかり手を出していたが一歩引いてみると見えてきたのはシンプルな事実だ。ステージにより心情により、その日に起こった出来事により、名作は様々に姿を変え語りかけてくる。

 

ところで留学後もワンピースとハンターハンターは欠かさず読んでいる少年ジャンプで少し前に連載が始まったDr. Stone。お気に入りのブログで勧められていたので読んでみたら意外と面白い。特に1巻が終わったあたりから急展開。帰国の楽しみが増えた。

 

寝れない機内、成田まで残り7時間。どうでも良いけど機内のトイレのドアって何で未だに灰皿がついているんだろうか。